この頃、紀伊国屋に何かめぼしい本はないかとぶらついていても平積みしている本の中で読みたくなるような本はほとんどなくなってきた。目につくのは読んだ本ばかりである。つい以前は、これもどれも読みたい本が目につき行くたびに何冊か買って帰り書斎の机の上に積んである山が大きくなる一方だったが最近は随分とその嵩が減ってきた。
そんなことで書棚に並べてある本の中で昔読んだ本でも読んでみようかと不図思って手に取った本である。
もうなんと50年近くも前に読んだ本である。
初めて自分の小遣いで買った本だ。
裏表紙には、¥470の文字がある。今の物価の1/4から1/5である。
今でも当時の物価で覚えているのは、珉珉の餃子が一人前¥70、白菜スープが¥50であった。学生で持っている金がしれたので、外食する時には手持ちの金と相談しながら注文したものである。そんな中で買った本である。
それでも本は友人にせよ、図書館にでもせよ借りて読む気にはなれなかった。
読んだ本は手元に置いておきたいタイプである。
友人に勧められて読んだ作品であるが、みんなで熱く読後感を語り合った作品でもある。
よくもこんな小難しい文章を読んだものである。この作品の後石川達三の大ファンになって彼の作品はほとんど網羅して読んだが、当時はこんな筆致も平気であったのだろう。
しかし今読みなおすとマァ読みづらい。事象も今の時勢とそれこそ隔世の感がある。
主人公は、法科の苦学生である。親戚の伯父から学費の援助を受けながら司法試験合格を目指して勉学に励んでいるが、以前家庭教師で教えた女性に誘われるがままスキー旅行に行き、後日彼女から妊娠を告げられる。当時肉体関係がある場合結婚しなければという風潮があった。まして子供が出来ればその女の主張はかなり強いものがあった。そんな中で主人公は司法試験に合格する。するとそれを待っていたかのように伯父から娘との縁談話を持ちかけられた。強く結婚を迫る女性を持て余した主人公は、思いあまって手にかけてしまう。その手口は稚拙極まりないものですぐに足がつき逮捕されてしまう。そこで刑事から聞いたのは、身ごもっていた子供の血液型が主人公が父親ではありえないというものであった・・・
まぁ血液型とか、妊娠を理由に結婚を迫るとか、現代からは違和感いっぱいだが当時は、主人公とほぼ年代が同じということもあって、身に置き換えて友人たちと議論したものである。